桜色の二人

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桜が芽吹く頃はいつだったか。具体的な日時を曖昧に記憶したまま、ただ一人でいたのを覚えている。私はまだ、学生服に身を包む世間知らずな若者で、流行に乗り遅れないよう、必死で日常の繰り返しの中生きていた。一人でいたのは新学期を迎えた高校からの帰り道。その日はやけに疲れていた。友人たちとの遊びの誘いを断ったのはそんな単純な理由だった。 風が吹く。まだ桜が芽吹こうとしている季節の風は、薄手のセーターでは防ぐことはできなかったようで、私は思わず身震いをしてしまう。 雑多な帰り道。都市化が進み始めたこの道は、立ち並ぶ高層ビルのおかげでときどきこうやって強風が吹く。朝、せっかくセットした髪が、風のせいでボサボサになったと隣の席の美咲さんが嘆いていたっけ。それを必死に元に戻そうとして授業中、手鏡とずっと向き合っていたせいで小テストがひどい出来になったこともついでに思い出す。 同じようにビル風で乱れた髪を放ったまま、テストを受けていた隣に座る私は、ひどく彼女との違いを感じてしまった。いつもこうじゃない。たまたま今日は遅刻寸前で髪型を整えている時間がなかっただけで。口元まで沸き上がった言い訳は何故だか、口に出してはいけない気がして。私はばれないように彼女を横目で見た。美咲さんが笑うたびに揺れる髪は、私にはまぶしく見える。そのたびに私の暗いこの髪色が嫌になる。 違う人間なんだ。胸の奥に煙った呼び名のない感情を押さえつけるために、そう思った。彼女はクラスの中心のような存在で、私は画面の片隅にでもいるような外側の存在なのだと。 卑下しているつもりなど毛頭ない。ただ直感的に思ってしまっただけのこと。彼女が格上だとも思っているわけでもないのだ。 立ち位置が違うだけ。それ以上でもそれ以下でもなくて。 ふと、ビルのショーウィンドウをずっと見つめていることに気が付く。反射でぼやけて映る私のシルエットが寂しく揺れている。 そこに一つのシルエットが重なるよう私に近づく。 「正直、その服は合わないんじゃないかな?」 声をかけられたのだと、気づくのに数秒かかった。ぎこちなく振り返るとまぶしい髪色が私の目に入る。同じ制服の上に厚手のセーターで身を包んだ美咲さんが、白い息を吐いてそこにいた。
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