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「あった。あった」
短めのスカートを揺らし、美咲さんは一つの商品棚の前で足を止めた。商品棚の高さまで目線を落として、値踏みするようにじっくりと眺めていく。並んでいるのはヘアカラー剤だ。色分けされた、多種なカラー剤はサンプル用品と共に、順列に並べられていた。需要があるのかと疑いたくなる色まであった。
「染めるの?」
私は、美咲さんの桜色の髪を見つめて尋ねた。
「そ、黒染めだから市販でいいかなって」
返答はすぐに返ってきた。彼女の視線は相変わらずにカラー剤に向けられたままだ。
「どうして?」
言葉を出した瞬間、後悔の念が私を襲った。今度は私が投げた言葉に振り向いた彼女と目線が交錯する。流せばよかったのだ。美咲さんが先ほどそうしたように。いらぬ、迷惑な好奇心が顔を出してしまった。
「あ、その、今の髪色が美咲さんにとっても似合っていたから」
慌てて紡いだ言葉は震えてしまった。気づかれただろうか。とっさに伏せてしまった目を恐る恐る彼女に向けた。
笑みだった。でも少し悪戯な笑みで。
「少しね」
濁した、私と同じ回答を彼女は口にした。
互いに見つめあう事数秒、堪えきれなかったのか美咲さんは小さく笑い声を出した。そこでようやく彼女の意図が分かって私も気を抜く。
「そっか、似合ってたか。ピンクとか奇抜すぎかと思っていたけど」
「うん、とても」
「――ちゃんが言うなら間違いないね。真面目だし。あ、嘘つかなそうってことね」
「嘘じゃないよ。桜みたいで奇麗だなってずっと思ってた」
「おお、桜か。確かに、同じ色だもんね。なんだかそこまで言われると恥ずかしいけど」
照れくさそうに髪をいじると、美咲さんはおもむろに一つ、黒色のカラー剤を手に取った。
「転校だってさ。しかも進学校に」
父親の転勤で、地方の学校へ転入しなくてはいけないこと。今私たちが通う高校よりも規則が厳しく、髪色は黒にしなければならないこと。端的ながら、美咲さんは私にわかりやすく話してくれた。
「てことで、この髪色とはお別れ」
名残惜しそうに桜色の髪に触れる。
「残念だね」
私の同意に彼女は笑って手を振った。
「いいの、いいの。せっかく色々変わるんだから」
チャンスなんじゃない?と明るく彼女は言う。
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