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三人を撥ねた男は飲酒していた。取り締まりがあるのは夜だからと、真昼間に酒を飲み、完全な酩酊状態で妻と子に衝突した。裁判所で男と向き合った時、彼は小声ですんませんでしたと頭を下げた。忠彦は犯人を責めることはしなかった。共に心労を重ねた典子と和也がいきなりこの世からいなくなり、ただぽっかりと心に空洞が出来て、それが悲しみの涙と共に自分を強く揺らしていた。こんなクズどうでもいいと思った、どうせ地獄に行くんだから。
バスは快晴の中、次々と絢爛な紅葉を見せる山々の間を走り続ける。傷心を癒す旅の中、忠彦は思った。振り返ってみれば、かえでのことだけではない、運のいい人生ではなかったな。会社でもよく貧乏くじを引かされた。その体質は子供の頃からか。父は荒い性格でよく自分に暴言を吐いた。母はホステスで、節操のない女で時々自分をアパートから追い出して浮気をしてた。だから、自分は全うな家庭を築くんだと決意したんだっけな。その二人も他界し、妻と子も死に、天涯孤独になってしまったか。
薄幸というやつか・・・
「あの、良かったらこれどうぞ」
さゆりが、きれいなタッパに入れられた苺大福を差し出した。私が作ったんです、孫にあげようと思って。いいんですか、じゃ一つ頂きます。
大福は、忠彦の口の中で、甘くとろけ、とてもおいしく・・・
ああ、こんな人生を送りたかったな。彼女は、さゆりさんは夫に先立たれ一人暮らしと言ったが、寂しい生活でもなさそうだな。娘からは一緒に住もうと言われてるんですけど、私の両親も島根で近いものですから、でも兵庫に友達もいて中々決断できないんですと。
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