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最後の選択
ああ、きれいだ。とても・・・
ただ真っさらに青く広がる空と、地上の山々のうるねような紅葉を見て、紀島忠彦は素直にそう思った。
何年ぶりだろうな、こんな気持ち・・・
十月中旬、山陰地方のど真ん中を突っ切る高速道路上のバスの中で、忠彦は少し開けた窓から風を受けつつ周囲の風景を味わっていた。彼は今年で六十二歳になる。力なく垂れる白髪の濃い頭と乾いたような皺の多い顔は、実年齢よりもかなり老けて見える。お世辞にも溌剌とは言えない。病後、何とか回復したという感じの・・・
「ごめんなさい、そんな事情を抱えてたなんて」
隣の席に座る上川さゆりは申し訳なさそうに忠彦を見た。彼女も忠彦と同じく初老の年齢だが、涼し気でしっとりとした両目は、いい感じに年を重ねた印象を回りに与える。
「いえ、私の方から話したんですよ。気にしないでください」
忠彦は微笑してさゆりを見た。二人は全くの初対面で、兵庫から福岡に向かう高速バスに乗り合わせた。さゆりは下関に住む娘夫婦に会うために、忠彦は心にいくらかでも潤いを与えるための一人旅だった。二人は挨拶し、年が近いこともあって、ポツポツと身の上話を始めて・・・
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