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俺は息がもれないように下唇を噛んだ。 明石も息をひそめている。 対峙していた男の顔には汗がうかんでいた。路地の入口に背を向けている男にとって、振り返ろうにも俺たちから目を離すことになる。その目には俺たちに対する敵意より、聞こえて来る一歩一歩に心臓を縮ませている恐怖のほうが勝っているようだった。 音が止んだ。 夜の街がしんと黙り込む。 路地の入口に人影が現れた。 ベージュ色のトレンチコートを着た女が暗がりに佇んでいる。コートから伸びる足には黒いハイヒールを履いていた。黒髪を左右で結び、肩口から前に流している。四角いレンズの黒縁眼鏡をかけているが目元は暗くてわからない。ただ、薄くリップをひいた唇が不機嫌そうにつぐまれているのはわかった。 男に唯一残されていた退路を断つよう、入り口のど真ん中に仁王立ちする彼女の右手には鉄パイプが握られていた。夜に響いた金属質な不気味な音は、この女が引きずって来た鉄パイプの音だったようだ。 真後ろに迫った音に、男は汗を振りまきながら振り返った。 そして佇む女の姿を見て、苦々しく悪態をついた。 「……お前は……! くそっ!」     
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