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男は路地をはさむ建物に背を向けて、右手に佇む入り口の女と、左手に迫っている路地奥の俺たちを素早く交互に見遣った。考えていることはわかる。どちらを突破するか、天秤にかけているのだ。二人組の男より、鉄パイプを握っているとはいえ単独で、しかも小柄な女のほうが突破しやすいと行動に移すのに時間はかからない。
誰よりさきに明石が動いた。駆け出し、腕を伸ばすが、女めがけて走り出した男の上着をぎりぎりで掴めない。
「どけぇ!」
奇声に近い怒号とともに、ナイフを突き出す。
男の接近にも関わらず、女はその場から動こうとしない。頑として佇んでいる。
「逃げろ!」
俺の叫びが建物間に響く。
女が顔をあげた。黒縁眼鏡のレンズが闇のなかで白く反射した。その奥にはぱっちりとした大きな目があった。明らかな怒りを宿した瞳がまっすぐに男を睨みつけている。女はおもむろに鉄パイプに両手を添えて握りしめた。
一息に振り上げる。
男が避ける間すら与えない、急転直下の振り下ろし。
躊躇いなどみじんもない、武器の重さに任せた一撃必殺の殴打。鉄パイプは男の右肩を直撃。固いものが硬いものにぶつかる鈍い音がした。ナイフが石畳に落ちた。肩を押さえた男が膝から崩れ落ちる。うずくまってもだえている。
駆け寄ろうとしていた俺たちの足も思わず止まる。
ぽかんと口をあけている俺と明石の前で、女は鉄パイプを投げ捨てた。甲高い金属の音が鐘のように響き渡る。
「おかしいわね。頭狙ったんだけど」
ふん、と鼻を鳴らして吐き捨てた。
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