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足元で苦しんでいる男に対し、怒りを冷凍させたよう目で睥睨している。顎に梅干しの種みたいなシワを作りながらスマホを取り出した。突くようにタップしている。
「――ふたりとも!」
俺たちの背後から靴音が聞こえて来た。
明石が肩を跳ね上げて振り返る。薄暗い路地の奥から現れたのは梶さんだった。
息を荒げながらも、俺たちに目立った変化もないのを確認して、少し肩の力を抜いた。
「騒ぎが聞こえたから」
今夜の仕事はめずらしく梶さんも同行している。彼は別方向から標的を捜索していたが、駆け付けてくれたらしい。
「説明したいんですけど、ちょっとぼくらも置いてけぼりで」
そう言って明石は女と蹲っている男とを指さした。
「あら?」
梶さんが顔を向けるより早く、女の声が飛んできた。
「もしかして、梶?」
「うげ」
俺はこのときはじめて、梶さんの「うげ」を聞いた。何事に対してもポーカーフェイスの梶さんから素で出て来た「うげ」だった。
俺も明石も梶さんへ目を向ける。
彼は少しバツが悪そうに、銀縁の眼鏡を押し上げたり、何もない方向を見つめたりして、もごもごと言う。
「……どうも。おひさしぶりです、牧野さん」
「なにしてるのよ、こんなところで」
「仕事です」
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