5/21
前へ
/22ページ
次へ
足元で苦しんでいる男に対し、怒りを冷凍させたよう目で睥睨している。顎に梅干しの種みたいなシワを作りながらスマホを取り出した。突くようにタップしている。 「――ふたりとも!」 俺たちの背後から靴音が聞こえて来た。 明石が肩を跳ね上げて振り返る。薄暗い路地の奥から現れたのは梶さんだった。 息を荒げながらも、俺たちに目立った変化もないのを確認して、少し肩の力を抜いた。 「騒ぎが聞こえたから」 今夜の仕事はめずらしく梶さんも同行している。彼は別方向から標的を捜索していたが、駆け付けてくれたらしい。 「説明したいんですけど、ちょっとぼくらも置いてけぼりで」 そう言って明石は女と蹲っている男とを指さした。 「あら?」 梶さんが顔を向けるより早く、女の声が飛んできた。 「もしかして、梶?」 「うげ」 俺はこのときはじめて、梶さんの「うげ」を聞いた。何事に対してもポーカーフェイスの梶さんから素で出て来た「うげ」だった。 俺も明石も梶さんへ目を向ける。 彼は少しバツが悪そうに、銀縁の眼鏡を押し上げたり、何もない方向を見つめたりして、もごもごと言う。 「……どうも。おひさしぶりです、牧野さん」 「なにしてるのよ、こんなところで」 「仕事です」     
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加