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牧野、と呼ばれた女は、歯切れの悪い梶さんの言葉を吹き飛ばすような、元気な声を投げかけて来た。狭く暗い路地裏いっぱいに声を響かせる彼女のテンションに、梶さんは明らかにたじろいでいる。
「お知り合いですか」
こういうとき明石はとても便利だ。聞いていいのか戸惑うことでも、ガンガン訪ねてくれる。
梶さんは「うーん」と唸った。
「以前の職場でお世話になった人なんだ」
あちらこちらに散らばっているヒントをかき集めて、俺の頭はこの状況に追いつこうする。だが、梶さんが前はどんな仕事をしていたのかなんて知らない。いましていることと、引きずって来た鉄パイプで躊躇なく相手を叩きのめすような女がいる職場、これだけの要素でもう普通の職種ではないことはわかる。あってたまるか。
「もしかして、同業者、なのかな」
明石が俺をみて呟いた。
それが正解かどうか、誰も教えてくれなさそうだが、大きく外れてはいないだろう。
俺は苦々しい気持ちで「かもな」と返した。
すると、地面に丸まっていた男が地面に腕を這わせているのに気づいた。
その先には取り落としたナイフがあった。夜の冷たい光に刃が反射している。
「危ない、気を付けろッ!」
俺はすぐさま声をあげた。
梶さんがコートの内側に手を滑り込ませた。
男はまるで命綱を取るように、飛びつくようにナイフを取った。五指が柄を握りしめ、逆襲への力を漲らせているのがわかる。
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