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そのことに気付いたとき僕の心に湧き上がったのは、喜びだった。
ひかりが黄泉に行けば、僕のいる神世に連れてくることができる。ただ見守ることしかできない、離れてしまえばそれすらままならないもどかしい距離ではなく、僕のすぐ傍にひかりが来てくれる。
そう思ったら飛び上がりそうなほどの喜びが込み上げてきて、僕はひかりがその身を投げ出す瞬間を待った。
それなのに、こんな時になって僕の脳裏に蘇ったのは、幼い彼女の声だった。
──生きたい。
その願いを、今のひかりは忘れてしまっている。それに、あの時と今では彼女を取り巻く環境はまったく違う。この現世で生きることを諦めたから、彼女はこうして死のうとしているのだ。
それに、今彼女が死んだらずっと傍に居られる。僕と過ごした記憶を呼び起こすのは簡単で、そうしたらひかりはきっとまた一緒にいてくれる。胸を掻き毟りたくなるようなもどかしさを、もう感じなくて済むのだ。
でも、落ちていくひかりの体が小さく震えていることに気付いた瞬間、そんな思いは一瞬で何処かに消えてしまった。
僕は咄嗟に神世から降りて、ひかりのその腕を掴んでいた。自らの神域以外に降り立ってはいけないという禁忌を犯して。
「ねえ、ちょっと待ってよ」
僕のその声にひかりが振り向いて、驚いたように目を見張る。久しぶりだね、と言いたくなるのを堪えて、僕は腹を括った。
この身がどうなろうが、もう知ったことか。
この汚い現世で、僕はひかりと生きる。行けるところまで行って、どんな罰であろうと甘んじて受けよう。
そして、今度は僕がひかりに教えてあげよう。たった一杯の味噌汁で僕の心が救われたように、燻んでしまったひかりの心を救える食べ物を探しに行こうと。
久しぶりに感じるひかりの温もりに目を細めながら、僕はそう決意した。
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