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そんな当たり前のことに今さら気付いて、僕は自分自身に笑った。そして、未だひくひくと泣きじゃくっているひかりに、今度こそ優しく問いかける。
「……ひかり。ひかりは、どうしたい? 僕が、ひかりのお願いを叶えてあげる」
ゆっくりと穏やかな声でそう言うと、ひかりはやっと泣き止んで僕を見つめた。
そして、乾いた唇を開いて、ひかりは僕に願った。
「生きたい」
はっきりと紡がれたその一言に、僕は静かに頷いた。
叶えてあげると、約束したわけではない。僕はしがない土地神で、できることと言えば作物の実りを良くする手伝いくらいだ。人間の生き死にに関しては、力の及ばないことの方が多い。
ただ。
ただ、僕の力で出来得る限り、ひかりを守ろうと思った。
僕の願いを叶えようとしてくれたその優しい気持ちが、いつまでも絶えぬようにと。この小さな人間の子が、人の悪意によって傷付くことのないようにと。
神であるくせに誰に願うのか、僕は心からそれだけを願った。
「……分かったよ。さっきのことは、忘れて」
「え……うん……?」
「じゃあね、ひかり。気をつけて生きるんだよ」
「う、うん……あ、ちとせ、あしたは何がたべたい?」
「うーん、そうだなぁ……この日ノ本の国にある、おいしいもの全部かな」
そう言うと、ひかりは「なにそれ」と甲高い声で笑った。それに釣られて笑いながら、ひかりの額に手をかざす。そして彼女の中から僕に関する記憶だけを消し去ると、僕自身も逃げるようにその場から消えて、神世からひかりを見下ろした。
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