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「……もう、疲れたなぁ」
ぼそりと、ひかりが一人そう呟いたのは、もうすぐ日付が変わる頃だった。
他の社員たちはとっくに帰って行って、職場にはもうひかりしかいない。
早くこんな場所から逃げて僕のところへ来ればいいのにと、眉をひそめて彼女を眺めていると、ひかりはふいに立ち上がって窓の外をじいっと見つめた。
ひかりの目には、一体何が映っているのだろう。初めて出会ったとき、眩しいほどきらきらと輝いていた目は力無く燻んでいる。一緒に遊ぼう、と元気な声で僕に駆け寄ってきたひかりとは、まるで別人のような佇まいだった。
しばらくの間、ひかりはそのままぼうっと立ち竦んでいた。かと思うと、急に何かを思いついたように椅子に座りなおして、紙と封筒を取り出してさらさらと文字を書き始めた。そして書き終わるとすぐに立ち上がって、部屋の外へと出て階段を上っていく。
何をするのだろう、と僕はひかりの行動をじっと見張った。こうして僕に見られているなんて露ほども思っていないであろう彼女は、屋上に続く扉を開け、なんの迷いもなくその端までつかつかと歩いていった。そして、先ほど書いたばかりの封筒を地面に置いて、その上に靴を置き、錆びついた欄干に手をかける。
そこでようやく、僕は彼女の意図に気付いた。
死ぬつもりだ。
ひかりは、この汚い現世に見切りをつけて、黄泉に赴くつもりでいる。
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