きゆるとき

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 そして、何よりも。  無機質なビルの屋上から、真っ暗な闇へ身を投げ出そうとしたあの小さな体。  僕を訝しがって、拾われた猫のように分かりやすく警戒していたあの瞳。  なにそれ、と可笑しそうに、無防備に僕に見せたあの笑顔。  小さく震えながら、それでも健気に僕を受け入れてくれた、あの柔い肌。  そして、僕のような出来損ないの神のために流してくれた、あの美しい涙。  その愛おしいすべてを思い出しながら、僕は女神を見つめ返して答えた。 「悪くなかったよ」  ひかりは、僕の言葉通りにあの現世を生き抜いてくれるだろうか。もう彼女に触れることができなくなった身からすれば、これでひかりが自ら命を絶ってしまっても、それはそれで彼女のさだめだったのだと思うしかない。  ただ、願はくは。  この先も生きながらえて、出来たばかりの夢を叶え、現世のありとあらゆるおいしいものを食べて、そして安らかに永遠の眠りについてほしい。僕を愛したことを忘れずに、変わらず僕を愛したまま死んでほしい。  そんな大それた願いは、さすがの僕でも彼女に伝えることができなかったけれど。 「……悪くなかった、か。少しは成長したと見える」 「成長って。親みたいなことを言うんだね」 「ふん、お前のような阿呆を産んだ覚えなど無いわ」 「僕だって勘弁してほしいよ。それより、さっさと終わらせてくれないかな。いつまでもあなたと話してると疲れるからね」  ぶっきらぼうな態度でそう言うと、女神は短く嘆息してから、鋭い目線を僕に向けた。そして、その不気味なほど白い手をすっと伸ばす。周囲に散らばっていた光たちが、意思を持ったかのように女神のその手に集まってきた。
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