746人が本棚に入れています
本棚に追加
新しくなった社殿の前で、近所の子どもたちが習いたての舞を披露する。隣とぶつかったり、扇子を落としてしまったり、危なっかしい舞ではあるけれど大人たちは皆それを微笑ましく見つめている。少し離れた鳥居の下で、私もその姿をじっと眺めていた。
とうとう、あの日から十年も経ってしまった。
当たり前だが、千歳はあれから姿を現さない。記憶も存在も消えるという言葉通り、千歳は何も残さず消えていったのだ。
ただ、千歳が神社の鏡を売り払って得たお金だけは私のボストンバッグに残されていた。きっと、私の知らぬ間に彼が忍ばせていたのだろう。
でも、そのお金を自分のために使うことなんてできるはずもなく、私はずっとそれを部屋の引き出しにしまい込んでいた。そして今回、てんたるさんの社殿を建て直すことが決まった時に久々にそれを取り出したのだ。
そのお金と近所の人たちの寄付のおかげで、こうして無事社殿も鳥居も建て直せたし、秋祭りも開くことができた。
千歳はここで無為な時間を過ごしていたと言っていたけれど、こんな賑やかな日があれば少しくらい退屈を凌げたことだろう。もう神様のいない神社とは知らずに、皆それぞれ祭りを楽しんでいる。
「ひかりちゃん、お疲れさま。ちょっといいかい?」
「あ、はい。どうかしました?」
ぼうっと突っ立って千歳のことを思い出していた私に、自治会長さんが話しかけてくる。いつの間にか舞の奉納は終わって、次は青年会による太鼓の演奏が始まっていた。
「祭りの実行委員会の打ち上げなんだけど。雨が降りそうだから、ひかりちゃんのお店を借りてもいいかい? 途中で雨に降られたら困っちゃうからねぇ」
「あー、確かに……いいですよ。ちょっと狭いかもしれないんですけど」
「悪いねぇ、助かるよ! あ、もちろんお代は支払うから、ちょっとしたつまみなんか作ってもらえると嬉しいな」
「はい、分かりました。それじゃあ私、ちょっと抜けて準備してきてもいいですか?」
「ああ、後は任せてくれ! おじさんたちでやっておくよ」
後のことは自治会長さんたちに任せて、私は一足先に神社を出て家へと向かう。参道を抜けるとすぐに我が家の味噌蔵が見えて、私はそちらの方へ向かって一人歩いた。
最初のコメントを投稿しよう!