あきまつり

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「うーん……困ったな。そんなに良い食材残ってないんだけどなぁ」  一人ぼやきながら、ごそごそと業務用の冷蔵庫の中を漁る。残っていためぼしい食材だけを取り出して、どう調理しようかと首をひねった。 「キノコがいっぱいあるから、これで炊き込みご飯にしようかな。大葉もあるし、胡麻と一緒に散らしたら豪華に見えるかも」  ぶつぶつと呟いて、早速お米を研ぎ始める。まだ祭り囃子の音が風に乗って聞こえてくるから、みんなが来る前にはご飯も炊き上がるだろう。 「あ! イネさんが送ってくれたカレイ、まだ残ってたんだった! これ唐揚げにしようっと」  十年前の千歳との旅で知り合ったイネさんとは今でも交流があって、こうして魚を送ってくれたり、逆にこちらから味噌や野菜を送ったり、新しいメニューを作るときの相談相手にもなってもらっている。いつかまたイネさんのところに会いに行きたいけれど、なかなかその機会がなくて先延ばしにしてばかりだ。  カレイの鱗を刮げながら、私はイネさんの家で過ごしたあの日のことを思い出す。  あの日、千歳と一緒にイネさんの手料理をご馳走になって、暖かくて幸せなひと時を過ごした。そしてその夜、同じ布団に入りながら私は千歳にふと思いついた夢を語ったのだ。  ──以前の私のように、一人でぼろぼろになっている誰かのために、温かい料理を作りたい。  千歳がいなくなって、何もかもを失くしてしまったように思っていたけれど、私の胸にはその小さな夢だけが残っていた。  それから私は、うちの味噌を使ってくれている料亭のご主人に頼み込み、アルバイト兼見習いとして雇ってもらうことになった。  そこで料理の基礎を叩き込んでもらい、調理師免許を取って、アルバイトから一社員に変わり、やっと「料理人」と名乗れるくらいになった頃。気付けば二十代を過ぎ、私は三十才になっていた。  そして一年前、私は夢を叶えるため、実家の味噌蔵の隣に小さな和食屋さんを開いたのだ。
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