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「ち……と、せ……?」
そこに立っていたのは、十年前に消えたはずの千歳だった。
「……ひかり?」
「あ……っ、なん、で? 千歳、だよね……?」
夢や幻にしては現実味があり過ぎる。私と同じように目を見開いている千歳は、十年前私が買ったカッターシャツに黒のパンツ姿という出で立ちで確かにここに佇んでいる。その姿を見ただけで彼との旅がありありと思い出されて、私は自然と千歳に向かって手を伸ばしていた。
「ちと、せ? 本当の本当に、千歳なの? 夢じゃない……?」
「うーん……たぶん。僕にも、何がどうなってるのかよく分からないんだけど」
千歳も私も互いから目を逸らさないまま、じりじりと少しずつ近寄った。そしてようやく手が触れるところまで近付いて、その手のひらにそっと触れる。その手は確かに温かくて、微かに震えていた。
「……どう、なったんだろう。ていうかひかり、なんか変わった?」
「かっ……変わったよ! だって、あれから十年も経ったんだよ!?」
「え……十年? 本当に?」
そう言って首を傾げる千歳を見たらなぜか涙が出てきて、私は彼の胸に縋ってわんわん泣いた。千歳は困惑した様子だったけれど、落ち着きなよ、と言いながら泣き続ける私の背をさすってくれる。その手のひらはやっぱり温かくて、これが夢ではないことを確信した。
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