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千歳はちょっと不満そうだったけれど、早速床にしゃがみ込んでスープジャーと箸を手に取った。ひかりも座りなよ、と促されて、私は涙を拭いながらその隣に座る。
「すごいねぇ、この器。これなら、熱々の椀をそうっと持ってこなくて済むね」
「……それ、私のこと言ってるの?」
「ああ、それも思い出した? 僕もあの日のこと、忘れていなくてよかった」
目を細めてそう言ってから、千歳はスープジャーを口元に寄せて、ふう、と息を吹きかける。それから一口、私の作った味噌汁をごくりと飲み込んだ。
「……千歳?」
味噌汁を啜ったかと思うと、千歳は何も言わずに俯いてしまった。
まだ熱かったのか、それとも味が気に入らなかったのだろうか。不安になりながらじっと待っていると、少ししてから千歳はようやく顔を上げる。そして、ただ一言を絞り出すように呟いた。
「おいしい」
その言葉とともに、千歳の目から一筋の涙が流れた。
それを見た私の目からも、また大量の涙が溢れてくる。涙腺が壊れてしまったかのようだ。
「……どうして、ひかりが泣くの」
「だっ、だって……! 千歳がっ、泣くからっ……!」
「うん……おいしいよ、とっても。今まで食べてきた、どんなものよりも」
千歳は、一口一口をとても大切そうに口に運んで、噛みしめるように食べてくれた。その器が空になるまで、私は隣でずっとそんな彼を見つめていた。
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