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きみとのじかん
「ちーとーせ! あーそーぼー!」
ふいに名を呼ばれて、僕は生身の体に降りてから社殿へと降り立った。きっとあの子だろうな、と期待を込めて扉を開ける。案の定、鳥居をくぐってやってきたのは、何やら四角い箱のようなものを手に持ったひかりだった。
「やあ、ひかり。本当にまた来てくれたんだね」
「もちろん! それでね、今日はおやつ持ってきたの! いっしょに食べよう!」
そう言うとひかりは石段に腰掛けて、持ってきた箱の蓋を開けた。その中に入っていたのは、見たことのない茶色い塊だ。
「なにそれ?」
「ほっとけーきだよ! おばあちゃんが焼いてくれたやつ、たっぱーにつめてきたの!」
「ほっとけーき……たっぱ?」
聞いたことのない単語に首を傾げると、ひかりは箱に入っていたその塊を一つ僕に寄越した。素手で受け取ると、それはほんのり温かくて、砂糖のような甘い匂いが鼻をくすぐる。
「これ、菓子? 甘いの?」
「うん! たべてみて!」
笑顔で促され、僕はその塊の匂いをふんふんと嗅いでから口に含んだ。途端に蜜のような甘さが舌に伝わって、僕は思わず声を発する。
「……おいしい」
「えへへ、でしょー! あのね、ちょっとだけメープルシロップがかかってるの! あんまりかけると怒られちゃうから、ちょっとだけ」
ひかりも同じようにその「ほっとけーき」を口に入れて、嬉しそうに顔を綻ばせた。その笑顔を見ているだけで、こちらまで笑ってしまいそうになる。
「ん? ちとせ、どーしたの?」
「いや。幸せそうに食べるなぁと思ってさ。好きなの? ほっとけーき」
「うん、大好き! あのね、おばあちゃんのおやつ、いつもふかしたおいもばっかりだから、違うのにしてーって頼んだの! そしたらこれ作ってくれるようになった!」
「へえ。きみ、親はいないの?」
「いるよ! でも、おとうさんもおかあさんも、おしごとで忙しいの」
少し寂しげな顔でそう言って、ひかりは首に提げてきた水筒のお茶を一口飲んだ。「ちとせもどーぞ」と、金属で出来た見慣れない水筒を手渡されて、戸惑いながらもそれを口にする。岩清水のような冷たさに少し驚いた。
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