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ひかりと出会ってからというもの、色んな食べ物の味を覚えたけれど、僕が今何よりも食べてしまいたいのはひかり自身だ。さすがの僕でも、そんなことは本人に向かって言えないけれど。
「……本当に、隠しちゃおうかなぁ」
「かくす?」
「ううん、何でもないよ」
気に入った人間を隠す──つまり、神世に連れてきてしまう神がいるという話は聞いたことがある。人間のような面倒なものを連れてきて何が楽しいのかと思っていたが、今となってはその気持ちも分からないではない。ひかりと過ごす時間なら、永久に続いてもいいとさえ思えるからだ。
「……さて。もうすぐ黄昏時だよ、家に帰らないと」
「えー、もうちょっとあそびたい!」
「だーめ。遅くまで外にいたら、悪い神様に連れて行かれてしまうんだからね」
「だいじょうぶだもん! 悪いかみさまが来ても、ちとせがたすけてくれるから!」
そうでしょう、とでも言いたげにひかりが僕を見上げる。信頼しきったその瞳に苦笑して、諭すようにひかりの肩に手を置いた。その「ちとせ」が悪い神様なんだよ、とは口に出さずに。
「わがまま言わない。ほら、そろそろお腹が空いたんじゃない?」
「……う、ん」
「明日も遊べるから。またおいで」
そう言うとひかりはやっと納得したようで、渋々ながらもこくりと頷いた。そして黄色い幼稚園かばんを背負って、うっすらと暗くなり始めた道を歩き出す。
その小さな後ろ姿を眺めながら、僕は今日も願った。この時間が、少しでも長く続くようにと。
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