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今にも泣きそうな顔をして、ひかりはぐっと拳を握って耐えている。泣くもんか、というひかりの意思がその姿から伝わってくるようだった。
今すぐにでもその体を抱きしめてやりたい衝動に駆られながら、それでもさすがに大人たちに姿を見られてはいけないと理性が働く。そして、困った顔をした父親がひかりに問いかけた。
「……ひかり。ひかりは、うちの蔵を継いでくれるんだろう?」
「……うん」
「それなのに、お父さんとお母さんの言うことを聞かないで危ないことしてたら駄目じゃないか。いいか、もうここには来るんじゃないぞ。分かったか?」
「それは、いやっ! ぜったい来るもん! おとうさんの言うことなんてきかないっ!」
「っ、ひかりっ!」
ひかりが叫んだ直後、父親は振り上げた拳骨をその小さな頭に思いきり落とした。ごつん、という鈍い音は僕の耳にも届いて、次の瞬間にはひかりの大きな泣き声が森の中に響き渡る。
「うわあああん!!」
「ちょっと! 拳骨落とせなんて言ってないわよ!」
「わ、悪い。あんまり言うこと聞かないもんだから……ほら、もう帰るぞ! 良い子にしてたら、新しい靴買ってやるから!」
わんわんと泣き続けるひかりの体を何とか抱き上げて、父親は神社を後にしようとする。ひかりは抱きかかえられながらも社殿の方をじいっと見つめて、助けを求めるかのように手を伸ばした。
──僕が。僕が、助けないと。
ひかりは、ここにいたいと言った。それなのにあの人間たちは、僕とひかりを引き離そうとしている。
そんなの、嫌だ。許さない。
ひかりがいないと、限りなく続く無意味な日々がまた戻ってきてしまう。ひかりがいないと、僕の存在する意味など無いのだ。
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