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伸ばされた手を掴みたくて、僕はひかりに駆け寄った。しかし、僕の手がひかりに届くより前に、突然現れた黒い影が行く手を遮った。
「──待て。天足穂よ、お前は何をしようとしている?」
黒い影はみるみるうちに姿を変え、目の前に降り立ったのは見覚えのある女神だった。僕より神格が上の、言うなればこの辺りの土地神を仕切るお目付役である。
「……退いてよ。ひかりを助けるんだ」
「助ける? 馬鹿を言うな。ただ親に叱られて泣いているだけの子をか? お前が干渉することではない」
「でも、ひかりはここにいたいって言ったんだよ。その願いを叶えてやらないといけないんだ。あなたには関係ない」
苛立ちながらそう返すと、女神はキッと目を吊り上げた。そして彼女が手を振り上げた途端、目に見えぬ強い力によって、僕の体は三間ほど離れた大木の幹に打ち付けられる。
「ぐっ……」
「頭を冷やせ、馬鹿者。人間の子供一人に執着しおって。お前の役目は他にあるだろう」
「……無いよ。いらない。ひかり以外、僕はもう何もいらないんだ」
何百年ぶりかに感じる痛みに悶えながら、僕はそう返した。そんな僕を険しい顔で見つめる女神は、呆れたように吐き捨てる。
「……お前は知らぬようだから教えてやろう。あの子供、そのうち他の人間に感知されなくなるぞ。自らの親にさえもな」
「え……?」
「この半年の間、曲がりなりにも神であるお前の近くに居過ぎたのだ。このままでいれば、神にも人間にも属さぬ不調和な存在になる」
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