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でしたと言う前に、市村はさっさと出て行ってしまった。彼の足音が遠ざかり、やっと病室が静かになる。
「普通、病院を見舞った挨拶って、お大事に、じゃないのかな」
尚紀がぼそりとつぶやくと、優理は憮然とした。
「市村さんにそういうことを求めることが間違ってる。あの人は自由人だから」
優理はお菓子の箱を開けると、そこからひとつだけ残ったプリンにスプーンを添え、尚紀の前に置いた。
「一緒に食おうと思っていたのに、市村さんがほとんど食ったせいで……俺の分がなくなっちまった」
ベッドに備えつけた簡易テーブルに頬杖をつき、優理はぷうっと頬を膨らませる。優理という男は、一見理知的でクールな男だが、こと甘いものには目がない。
子供のころの優理は酷い虫歯に悩まされていて、親から「甘いもの禁止令」を出されていた。
だが尚紀が遊びに来るときは、親がたくさんお菓子を準備するので、優理も親の目を盗んでこっそりたっぷりお菓子を食べて、こってり怒られていたのを尚紀は知っている。
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