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ポケットから財布を取り出し、目の前のリーダー格の男に問う。
「いくら貸せばいいんですか」
今月はまだ給料日前だ。
財布の中身を丸ごと渡したところで、それほどダメージはないはず。
諦めに似た境地で、そう自分に言い聞かせる。
とにかく、早くこの場から立ち去りたかった。
家に帰って、シャワーを浴びて、一時間でいいから寝ておきたい。
起きたらたぶん、すぐに遊佐が愛車の超高級スポーツカーで迎えに来てくれるはず。
遊佐のマンションに行く前に、堀越がこのところすごく気に入っている工場夜景を見にドライブしたいって言えば、遊佐は今夜も連れて行ってくれるだろうし。
なんでもっと早くそうしなかったんだろう。
ぼんやりそんなことを考えていた堀越の手から、男は財布を引ったくるように取り上げた。
学生だから、そんなに大金は持ち歩いていない。
当然、カードの類いも持っていないし、堀越はキャッシュカードを持ち歩くタイプではないので、今、財布にある現金だけの損害で済むなら。
男は財布の中から、無造作にお札を全部抜き取った。
「イケメン兄ちゃん、話が早くて助かるワ」
俺はイケメンなんかじゃないし。
イケメンてのは、遊佐さんみたいな男のことを言うんだよ、ばぁか。
堀越は、心の中で毒づいた。
そのとき、堀越の視界の端に、お札の間から落ちそうになっている小さな紙が映る。
遊佐の名刺だ。
名刺の裏に書かれた手書きのプライベートナンバーには、堀越はまだ1度もかけたことはない。
でも、財布に入れたその小さな紙が目に入るたびに、なんとなく眺めていたので、番号はもうとっくに記憶している。
だから、なくなっても問題はない…けれど。
遊佐の仕事用の番号も、その名刺には当然書いてあるのだ。
所詮大学生ではあるし、それほど悪党には見えないから、名刺を悪用するなんてところまではしないだろうけど。
万が一にも、遊佐の仕事に迷惑がかかるような事態になったら。
気づいたら、堀越は、男の持っている数枚のお札に手を伸ばしていた。
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