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「ママは優しいなー!!」
「私に掴まってくださいな」
ともみの言うとおりに肩に腕を回そうとすると、ぐるん、と視界が反転した。
「え?」
自分の身体が重力に逆らえないのを感じながら、見えていたのは、ただこちらを見つめている誰かの影だった。
「あなたのような人が、私のような人を作ったのよ。妃先生・・・」
私は数年前まで定食屋を営んでいた。
近くには大学があって、そこに通う若者が帰り時間になると沢山来ていた。
その中に、いつも一人で来ている男の子がいた。
暗い感じでもなく、きっと一人が好きなんだろうと思っていた。
彼は常連になっていて、美味しいと言ってご飯を食べてくれるし、時間があるときにはバイトもしてくれていた。
とても良い子だった。
それなのに、彼が死んだことを新聞で知った。
その訃報を報せる記事はあまりに小さくて、きっと気付いていない人の方が多いだろう。
自殺と書かれていたけど、大学を卒業するとき、これからもっと頑張るんだと言っていたあの彼が、自殺なんてするはずがない。
最近では定食屋の近くに洋食屋が出来て、あれだけ来ていた大学生たちもそちらへ流れてしまい、店じまいをした。
たまたま募集していたキャバクラのママになって、しばらくして、彼の事件の関係者を見つけた。
「助けてあげられなくて、ごめんね」
店へ帰る途中、人が電車に轢かれたと騒ぎながら走って行く人達とすれ違った。
「命の重みを知らない人間が、座っていた良い椅子ではなかっただけのことよ」
「ママ、おかえりなさい」
「ただいま。ほらこれ、生理用品はボーイの子に頼めないでしょ?」
買い物をしてきたその袋を見せると、ともみは柔らかく微笑んだ。
『昨日の夜、酔った男性が歩道橋から線路に転落し、そのまま電車に轢かれて亡くなりました』
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