0人が本棚に入れています
本棚に追加
しかしその時、かえでは息が出来なくなった。
それは、それほどまでにふるやに恋をしているからとかそういったことではなく、文字通り、息が出来なくなったのだ。
唇には、望んでいた感触が訪れたのだが、鼻をつままれてしまった。
「んんん!?」
ふるやの身体を押し返そうとしても、体重を乗せられてしまっているため、手足の自由もきかない。
苦しくて、それでもなんとか目を開けてふるやの顔を見てみると、そこにいたのはいつもの優しいふるやではなく、冷たい目つきの男だった。
静かになったかえでの身体から離れると、ふるやは自分の口元を裾で拭う。
かえでのスマホを操作してから車を降りると、そこから歩いて帰る。
俺には、兄貴がいた。
俺がわがままを言っても、馬鹿にしても、兄貴は怒ったりしなかった。
小さい頃から兄貴兄貴と付いて回っていた俺だからわかるんだ。
兄貴は、自殺なんかしない。
一見大人しいようにも見えるけど、兄貴の中にはしっかりとした芯のようなものがあって、意外と頑固なのだ。
寛容と言えばそうだし、優しいと言えばそうだし、でも言わなければいけないことは躊躇なく言ってくる。
それで何度喧嘩をしたことかわからない。
兄貴が事故に遭ったとき、警察は自殺で車に突っ込んだと言い切った。
その時の兄貴は死にそうな顔をしていたとか、思いつめたような顔だったとか、そんな目撃者の妄想や先入観だけの言葉を鵜呑みにしたのかと、腹が立った。
もらった情報を頼りに、研究の仕事を辞めて俳優への道を進んだ。
幸か不幸か、餌に寄ってきたハエを捕えることなんて、たやすかった。
「お前等も、加害者なんだよ」
『発見された女性は窒息死と判明し、その後、車のマフラーに女性のものと思われるストールがつまっていたことから、一酸化炭素中毒ではないかとされています』
最初のコメントを投稿しよう!