第七話 【心を失くした悲しみは、網の帽子を被る】

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 本当に、人間は勝手なものだ。  よばね、たかや。そう名乗っている。  四年前、もうすぐ五年になるが、妹の瑠奈が交通事故で亡くなった。  俺より2つ下の妹は、当時妊娠していた。  相手の男のことは詳しくは知らないが、写真を見せてもらったことがある。  当然結婚するんだろうと思っていたが、その男は別の女と婚約したそうだ。  女の親父の権力と結婚するらしい。  俺と妹は施設で育ち、2人で生きて来た。  そろそろ子供が生まれるかという時期にも仕事を休むことが出来ずにいる俺に、妹は早めに病院に行ってみてもらう、と言っていた。  俺が、ちゃんと送ってやれば良かったんだ。  俺が仕事に出かけた後、妹は病院へと向かって行った。  その途中、妹は体調を悪くしその場に倒れてしまい、かかりつけではないが大きな病院へ運ばれた。  その場には、笑いながらスマホで写真を撮る女性がいたようだ。  警官の格好をした男もいたらしいが、その男は痛み方が大袈裟ではないかという言葉を妹にかけていたと聞いた。  その警官が救急車を仕方なく呼んで、ようやく救急車が到着し、もしかしたら産まれるかもということで、すぐに準備を始めようとしたらしいが、その時、別のVIPの患者の治療が優先だと言われてしまったらしい。  そのVIPというのは、ただの食あたりで訪れていて妃という女らしく、その旦那が自分の妻を先に視ろと圧力をかけた。  救急隊員がその病院に連絡をしたとき、対応した女性は山口というらしく、ちょっと待ってください、と言ってから1時間以上も待たされ、忘れていたといって電話に再び出ると、無理だという言葉を投げ捨てた。  別の病院に搬送しようと救急車を走らせると、高級車がぶつかってきた。  相手側の信号は赤だったそうだ。  その高級車はその場から逃げるように去って行ったが、俺が調べた結果、当時薬をしていたことをバレたくなかった、中井という男だということが分かった。  その後別の救急車が来て、妹や隊員たちを病院へ運んだそうなのだが、その病院に勤務していた妃優介という男は、対応してくれなかった。  当時まだ研修医だったその男は、その日忙しかったからなのか、今日はもう無理、他のところに行って、他の先生も手術中、などと言っていたそうだ。
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