逢う魔時

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思った通り、ぶかぶかだ。袖は指先がかろうじて見えるほど、裾は尻がぎりぎり隠れているが、前に屈めばあられもない姿を見せてしまうだろう。 「うん、男のロマン。さ、テーブルまで抱っこしてあげる。」 「や、ちょっと待って。あの、せめて下着は履かせて?なんか、その、生身で椅子に座るとちょっと、いろいろ、ほら、座面が…」 「俺は気にしないけど?」 「僕が気にする!同じ椅子にもう座れなくなるでしょ!」 「えー。そんなに気にするなら、後で拭くからさあ。あ、そんなに拗ねないで。わかったから。力弥さんのパンツ、パンツ…。」 そんなやり取りをしながら向かったダイニングテーブルには、藤虎が昨日、職場から持ち帰ったバゲットを使ったガーリックトーストや、力弥が作り置きしておいたトマトソースのパスタが並んでいた。パスタの上にはルッコラが散り、その上に豚肉とパプリカのグリルが豪快に乗せてある。 「うわ、おいしそう!藤虎、すごいよ!」 力弥の目があっという間にキラキラとした輝きを取り戻した。その出来栄えもさることながら、藤虎の心配りがうれしい。力弥の食欲が落ちていることを、藤虎が口には出さないながらも心配していることを、力弥自身も薄々気づいていた。
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