逢う魔時

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力弥がカフェに向かった土曜日も、藤虎は仕事があり早朝から出勤していた。その日は午後三時過ぎに上がると、店を出るタイミングでスマホに「家を出発しました」という通知が届く。力弥が駅に向かって歩いていることが分かり、黒沢という男の顔を見ようと帰路を急いだ。 駅前のカフェの窓際に、二人の姿を見つける。相手の男がやたらと親しげに力弥の髪を触っているのが腹立たしい。そのまま唇に触れようとしているのが見え、思わず舌打ちしながらカフェに行こうとすると、力弥がそっとその手を払いながら、何か話しているのが見えた。そのまま見守っていると、黒沢は肩をすくめ、力弥は軽く頭を下げて席を立った。黒沢はまだ何か話ながら力弥のジャケットの袖口をつかんでいる。やはり店に入ろうと藤虎が歩き始めたところで、力弥がすっと腕を引き、いつか見た壮絶に冷たい表情で黒沢を見下ろしているのがガラス越しに見えた。そんな時の力弥の顔は、胸が痛くなるほど冷たくて、そのくせ目が離せなくなるほど美しいことを藤虎は知っている。
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