帰国

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分厚い雲を抜けると、横なぐりの雨がいくつもの筋を引く小さな窓の向こうに、コの字型に伸びた滑走路が見えた。 五年ぶりの日本。 一人前の料理人(キュイジニエ)になって帰国する。 立川(たちかわ)力弥(りきや)はその夢と現実に、自分なりに折り合いを付けてフランスから戻ってきた。 着陸の時が近づく中、力弥は想い人、芳樹(よしき)のことを思い出し、今日何度目となるか分からない小さなため息をついた。五年余り前、高校を卒業する直前に出会った芳樹は、力弥が初めて恋心を自覚した相手だった。二人が共に過ごせたのはわずか半年ほど。それでも、恋の甘さと、自分という存在を求められることで得られる安らぎ、そして溶け合ってひとつになる歓びを、力弥は知った。 その芳樹が半年ほど前、男盛りの四十代で病魔に侵され、この世を去った。そして今、眼下に迫る空港ターミナルには、芳樹の息子であり、また高校時代からの親友である治樹(はるき)が待っている。
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