帰国

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力弥の想い人は、親友の父親だった。 (電話で訃報を伝えてくれた治樹は、僕と芳樹さんとの関係を知っているみたいだったけど…これから、どんな顔をして会えばいいんだ…。) 思いのほか大きな振動と共に着地した機体が、滑走路を滑っていく。 (芳樹さんを好きになったことは、これっぽっちも後悔してない。でも、それを治樹に責められたら……。友達であることを否定されたら…。芳樹さん、治樹に向き合う勇気を、どうか僕にください…。) 力弥はそっと息を吐き、背もたれに身を沈めた。 通路側の席の若い男は、フライトの間中、窓側の席に座る男の顔を何度も盗み見ていた。 初めての海外出張で疲れ切り、しかもプレミアムエコノミークラスだったはずが、ただのエコノミーシートをあてがわれてイラついていた。何とか希望通り三列並びの通路側、真ん中に誰もいない席を確保してどっかりと行儀悪く座っていたところに、「失礼します」とアジア人の男が流暢なフランス語で声を掛けてきた。黒いモッズコートに黒の長袖Tシャツ、黒い細身のパンツと全身黒で固めたコーディネートが、抜けるような白い肌を際立たせている。
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