松風

帰国

「あ、どうぞ。」

ぼそぼそと日本語で答えて立ち上がると、その男は「あ、すみません。ありがとうございます」と気恥ずかしそうに日本語で答えて、窓際の席に着いた。

（やけに整った顔の男だな。モデルにしては背が低いが…）

無造作に伸ばした黒髪のボブからのぞく耳から、目が離せなかった。なめらかに伸びる、うなじから首筋のライン。目は切れ長だが黒目が大きく、人形のようだ。桜色の、少し厚みのある唇。体の線は細いが痩せ細っているわけではなく、コートを脱ぐと肩や二の腕にはしなやかな筋肉が付いていることがわかる。少し荒れた手と、短く切り揃えた爪を見ても、女らしい甘さはない。それでもどこか儚い印象で、薄く開いた唇から控えめなため息が漏れる度に、その姿がふわりと消えてしまうのではないかという焦燥感から、彼がそこに座っていることを横目で確かめずにはいられなかった。普段の自分だったら、馴れ馴れしく声を掛けていただろう。だが、その日はいかんせん仕事で疲れ、また窓際の男もどこか話しかけにくい、ひんやりとしたオーラをまとっていた。