逢う魔時

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「チっ…何考えてるか分からない目つきで俺を見やがって。そんなところまで母親そっくりだな。俺はなあ、お前の実の父親なんだぞ!一生楽ができる金が手に入ったら、親は用なしか。ばあさんが死んだおかげで、外国で面白おかしく暮らして、さぞかし楽しかっただろうよ!」 「…は?」力弥は父親につかまれていた左腕を振り払う。色白の肌は、怒りでますます色を失っていた。 「…先ほども言いましたが、僕に父はいません。父は、とっくの昔に死にました。僕が五歳の時に。これ以上、難癖をつけるなら警察を呼びます。付きまとわれて困っていると訴えますよ。」 「…くそっ!人でなしめ!覚えてろよ。」 (人でなしはどう考えたって、テメーだろ。) 建物を曲がる手前で息を潜めていた繁が、ひとりごちる。二人の事情は何も知らない。だが今、粗野な足音を立てながらこちらに向かってくる男は力弥の実父で、二人の間には大きな溝がある。息子に「父親は死んだ」と言わせるくらいに。一生遊んで暮らせる金、とも言っていた。バカだな。一生遊び暮らすのにいくらかかるか分かってるのか。そんな金があったら、こんなボロい団地に住んでるわけねえだろ。あー、こいつはクズだな。力弥の前からとっとと消えてもらわなければ。俺らの愛の巣の周りをうろうろされたら、迷惑だ。
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