序章

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怪物と闘う者は、その過程で 自分自身も怪物になることがないよう、 気をつけねばならない。 深淵をのぞきこむ時、その深淵も こちらを見つめているのだ。 ―――フリードリッヒ・ニーチェ その人物はヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの 「魔笛」を聴いていた。 それはお気に入りのオペラ曲だった。 決して高くは無い収入から、購入した高級コンポは 素晴らしい音を奏でていた。 できればヘッドフォン越しでは無く、別途取り付けた 40ミリウーファーから直接聴いてみたい衝動に 時々かられる。 だがそういうわけにはいかなかった。 集合住宅でそんなことをすれば、 近所から苦情が出ることは明らかだ。 しかもこんな早朝からだったら、なおさらだ。 2時間半に及ぶ楽曲を聴き終えると、 ヘッドホンをはずして、傍らのサイドテーブルに置いた。 彼と彼女は、ゆったりとした動きで 黒い革張りのチェアから立ち上がった。
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