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彩努がその直球を初めてその目で見たときの衝撃は、後から振り返って上手く表現できるようなものではなかった。様々な「〇〇のような衝撃」を当てはめてみようとしたものの、いずれもしっくりこなかったのだ。最終的に彩努は、後世の人々が衝撃を受けた際に「花園彩努が四宮純の直球を初めて見たときのような衝撃」と例えてもらうのが適当だと結論付けた。もっとも、できればその際には「花園彩努が」という部分が伝わらないことを望まざるを得ない。彼はラグビー好きの父親に付けられた、ほとんどダジャレともいうべき自分の名前を気に入っていなかった。
彩努が純と初めて出会ったのは、高校への入学を約二週間後に控えた三月二五日のことであった。この日から、翌年度高校に入学する新入部員が正式に高校野球の練習に参加することが認められるのだ。彼らが入学する京都府立吉祥院南高校の新入部員は合計二七人であり、その全てとすぐに仲良くなるということは困難であったものの、捕手である彩努は投手である純と会話をすることが必然的に多くなった。二人とも、中学時代のチームメイトが誰もいないという共通点があったこともその原因の一つかもしれない。もっとも、まだその頃は比較的体格の良い投手希望者の一人という程度にしか認識していなかった。
「まあ予想はしていたけどさ、やっぱり一年生のうちはあまり投げさせてもらえないんかね」
入部して三週間が経ったにもかかわらず毎日体幹トレーニングや走り込みといった基礎トレーニングのメニューのみをこなす日々に嫌気がさしたのか、休憩時間に純が愚痴をこぼした。とはいえ、いずれのメニューも一切手を抜かずにこなしていたのを彩努は見ていたから、純の愚痴は基礎トレーニングが嫌だというよりも、ただ純粋に投球練習がしたいというものだという趣旨であると考えられた。ボールを使う練習は一切させてもらえておらず、入学以来キャッチボールすらしていないのだ。
彩努も一年生は基礎トレーニングが中心であることは当然想定していたものの、春季大会を直前に控えた時期ということもあり、その量は彼の想定の範囲を超えていた。基礎トレーニングを見る限りでは、純は同じ一年生の中でもかなり良いパフォーマンスを見せている。他の投手希望者と比較してもトップだろう。そのため、捕手である彩努としても彼のボールを受けてみたいという欲求があった。
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