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「明日は入学してから初めてのオフやし、昼休みならグラウンドの隅でキャッチボールとかできるかもしれへんな」
彩努の提案に純は頷く。「せやな。夕方は軟式野球部が練習するから難しいやろうけど、昼のグラウンド準備が無いからチャンスはそのタイミングや」
吉祥院南高校の硬式野球部と軟式野球部は同じグラウンドを利用している。当然、両方が同時に利用することが困難であるため、後から創部された軟式野球部が割を食う形となっている。それでも、週に一度は軟式野球部がメインでグラウンドを利用することとなるため、その日は硬式野球部がグラウンドを利用することができない。全員でグラウンドの外周を走ったり校舎内で体幹トレーニングをするか、練習自体が休みになるかである。前者ならもちろん、後者であっても軟式野球部の邪魔となるような自主練習は認められていない。一年生がグラウンドで投球練習をするなど言語道断である。彩努らが入部してから入学式を迎えるまでの間に一度休養日があったものの、その日も軟式野球部に配慮して自主練習は禁止とされていた。もっとも、たとえ許可されていても、初めて経験した高校野球のトレーニングで痛めつけられた体に鞭を打ってグラウンドに来ることは困難だったかもしれないが。
また、練習がある日の昼休みは、夕方から雨が降る予報でなければ一年生が練習の準備をすることとなっていた。グラウンド整備の後で水を撒き、フリーバッティング用のネットを配置したり、ボールを倉庫から出してきたりといったものである。これが意外と時間のかかる作業であり、自分たちの昼食時間も考えると、普段この昼休みの時間に自主練をすることは現実的ではなかった。しかし、夕方からの練習がないのであれば話は別である。昼食を食べてからの時間、一年生は自由となる。おそらく、彩努たち以外にもキャッチボール等をしたいという選手は多いだろう。指導係の上級生からもそれは禁止されていない。
投手でなくても、久しくボールを触った練習をしていなかった野球選手にとっては魅力的な計画であることに変わりはない。彩努は中学時代に部活で、すなわち軟式で野球を行っていた。七月に大会で敗退して引退してからは硬式球を使用して慣れるようにしていたものの、まだ不十分であろう。純にとっては投球練習であろうが、彩努にとっては久しぶりに“生きた球”を捕ることのできる捕球練習であった。
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