Prologue. 砂の記憶

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 なんで、と私は胸の内で呟きました。  どうしてあの金魚は、死んだふりをしていたのでしょう。  真っ白なお姫様は、真っ赤な王子様と同じく水面の空を見上げていました。ですが、共に横たわりつつも、お姫様の瞳には光が宿っていました。自分も処理されるために、あの金魚は死んだふりをした。生きることをやめて、王子様と死ぬ道を選びました。  一体、なんのために……?  胸中で渦巻く疑念をよそに、ホームセンターは暗闇に飲み込まれていきます。砂をまとった何本もの手が、照明を、商品棚を、床を、人々を、水槽を、覆い隠していきます。最後に砂粒のカーテンが降りて、幾重にも重なると、私の周囲にはなにもなくなっていました。  急に現実へ引き戻されたような感覚がします。むしろ、小さな私がいた景色の方こそ現実味があったはずですが、どうしてか私には暗闇の方が性に合っていました。  ただ、暗がりが心地よくも、直前に見た金魚の姿が目に焼きついてしまっていました。生きるための自問自答を繰り返した結果、私は疑問をそのままにしておくことができなくなっていたのです。  私の意思を無視するかのように、思考はぐるぐると回り続けます。今の私の瞳はきっと、水中に巻き上がった泥のようにひどく淀んでいるに違いありませんでした。
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