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「辛いだろうが聞いてくれ。少なくとも、俺はお前をもう幼い子どもとして見ていない。今回の件だって、お前がちゃんと考えて行動したと分かれば、それで良いんだ」
父はいつの間にか空になった茶碗を持って席を立つ。まるで逃げているみたいな動きに、僕はキッチンへ行く父を追った。
「それで良いって、なにが良いの?」
「『中学校へ不法侵入』じゃ、母さんはお前が謝るまでずっと怒ったままだ。でもお前がいつまでもそうしないから、きっとなにかあると俺は思っていたんだ。母さんには、俺から話しておくよ」
「そうじゃなくて!」
声を荒げて、僕は父の手を止めた。会話をしなくなったせいで母が勘違いをし、父も本当のことが分からなかったから僕に確認をした。結局は悪意とか悪戯心があって学校に忍び込んだんじゃないと分かったから、母には説明しておく。そういう、父の立場は分かる。だけど僕は納得できなかった。
「父さんは、それで良いの?」
「……」
父は黙って僕を見ている。『好きにやれ』という言葉が、僕には棘のように思えて仕方なかった。高校で人並みの生活を送ろうとした、自由になろうとした反面、ほとんど放任に近い扱いをする両親が寂しかった。親の望みを押しつける、以前のような干渉を求めているのではなく、僕はただ。
「……放って置かれるのも嫌なんだ」
普通に接して欲しい、それだけだった。
かちゃり、と父が食器をシンクへ静かに置いた。キッチンから僕へ、斜めに向けていた体を正面に直す。甘えたことをと言って頭を叩くかと思った。が、違った。
「お前は、友達を探す中で一緒に連れてきた子にも怪我をさせたらしいな」
父は蛇口に手を掛けて言った。
「大地。男なら、女の子は守ってやらないといかん」
蛇口から流れ落ちた水が、茶碗の底を叩いて跳ねる。黙々と片付け始めた父に、僕は頷いた。
「分かった」
短い説教だったが、僕は満足だった。
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