終章  夏休みはこれから

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 人ごみの中に見慣れた容姿の女子が立っていたのである。丸めなアーモンドアイがこちらと合った瞬間、僕はナナだと分かった。だが、声をかけようと近づくとまるで別人のようだった。水色と蜜柑色の百合が咲き誇る浴衣を着て、一つ結びにしている髪もかなり上の方で巻いてある。しゃなりしゃなりと歩いてきた様子は、普段のお転婆なイメージとかけ離れていた。  どぎまぎとしつつ挨拶を交わし、二人で歩いていると今度は仲間さんを金魚すくいの前で見つけた。こちらはスカートみたいに裾の広いズボンにオーバーサイズTシャツという出で立ち。普段着らしいのだがそれでも僕には珍しかった。仲間さんはここで金魚を釣って金魚鉢で飼うつもりだったらしい。釣れないままポイに穴を空けてしまった彼女に代わり、僕とナナが挑戦して三匹釣ってあげた。  結局三人集まったと笑いながら、僕らは露店を練り歩く。射的、くじ引き、ヨーヨー釣り。たこ焼き、焼きそば、かき氷。例年にない出費に驚きつつ、内心は楽しんでいた。こんなに祭りで盛り上がったことはなかったから。  一通り回って、やがて人の流れに任せて船着き場へ行く。適当な縁石に腰かけて、三人は打ち上がる花火を見た。大勢の人の歓声が上がる中、僕らは同じ景色を共有した。"蜂"は不規則に飛び回り、"牡丹"は"菊"より柄が細かい。"千輪"は中に入っている小玉が……と癖で花火を一個一個説明していると両方から「静かに」と言われてしまった。すいませんでした。個人的に好きな花火は冠柳(かむろ)だ。視界いっぱいに広がった閃光が、柳のようにゆっくり垂れ下がって消えるのである。一発打ち上がった際のインパクトと、遅れてやってくる爆音、そして消えゆく光の儚さ。これを見るためにやって来たと言って過言ではない。  そら来たぞ。  宵闇に火の玉がひゅるると鳴いて上がっていく。他と明らかに違う大きさ、音に僕は冠柳だと確信した。そして天井に届きそうなほどの花を咲かせた、瞬間だった。
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