Prologue. 砂の記憶

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「あ、おい!」  母の怒鳴り声が聞こえてきそうで、私は自分の体に待ったをかけようとしました。しかし、頭の中でもう一つの思考が浮かんできました。 『――おみせのなかだと、おかーさんはおこらないから』  幼い声で私に語りかけたのは、小さな私でした。この体と共に生きている、本来の人格です。 『本当?』  未来を生きる私にとって、なんとなく先が読めた気がしましたが、小さな私の言い分を信じて、なりゆきを見守ろうと思いました。  すると、どうでしょう。私の視点はいつしか、小さな私を見下ろすほど高くなっていました。腰まで届くほどの、さらさらの長い髪がうらやましい限りです。反対に私なんて、肩につくかつかないかぐらいしかないのですから。そんな平常通りの髪型に、中学時代の灰色のセーラー服を着て、黒のローファーを履いた私が、店内にぽつんと立っていました。 『はやくいこうよ!』  待ちきれない様子で、小さな私が制服の裾を引っ張ってきます。私は彼女に頷くと、一緒に走りました。  ペット売り場には人が集まっていました。皆、私たちと同じくして、ペットを飼うつもりなんて全くなく、だけど興味本位で見てみたいと考えている人ばかりなのでしょう。小さな私が、彼女と同じくらい幼い子どもの体を押しのけて、水槽を目指していきます。私もまた、子どもの両親であろう二人の男女の間を通り抜けて行きました。
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