Prologue. 砂の記憶

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 水槽があるコーナーは、さほど広くはありません。でも、小さな私にとっては、このコーナーだけ床が青く塗られているのが、水槽の周りだけが明るいのが、ぽこぽことエアレーションの音が聞こえてくるのが、まるで水族館にいるみたいだと錯覚し、気持ちが高ぶってしまう様子でした。  小さな私は、お目当ての水槽を見つけると言いました。 『なかに、おうじさまとおひめさまがいるの』  どうゆうことだろう? 私も、しゃがんだ彼女の隣で膝を曲げて、水槽を上から眺めてみました。  すぐ目についた色は、赤。次いで橙、そして白。波立つ水面を通して見る世界は、情熱に満ちた舞踏会のようでした。  人工的な明かりに照らされた会場で、すでにパーティは始まっています。三色の衣を身に着けた金魚たちが、軽やかにステップを踏み、くるくると回りながら踊っていました。身をひるがえすと共に輝く体表は、まるで金魚自体が太陽と思えそうなほど眩しく、ゆらゆらとなびく大きな尾びれは、ウェディングドレスのスカートと同じく純白で、その上から情熱を讃える赤が彩られています。  一匹一匹、全く同じ柄の金魚はいません。きっと、各々が自分だけの個性を魅力へと昇華させるために、踊っているのでしょう。ただ、私という視点からすれば、彼等の個性など大体は同じに見えてしまうものでした。
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