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――突然のことでした。
光り輝く世界に、根岸色のもやが現れました。火から立ち上る煙のようなもやが真っ赤な一匹を包むと、その向こうで金魚が苦しむのが見えました。ぐるぐると悶えて、ぶるぶると震えて。ただちに体を硬直させると、水底へ向かって墜落して行きました。
横倒しになった金魚の瞳からは、もはや優しさなどという感情は残っていなさそうです。照明を仰いで、流れに依存するのみの状態となってしまいました。
『しんだ』
空虚な瞳で、ぼそりと呟きました。
死んだ金魚に、お姫様が追いかけていきます。他の金魚たちは、ことの成り行きを見守るしかできません。光を失った王子様の体を、真っ白な唇でつつきます。ですが、いくらキスをしたところで、王子様が目覚めるなんて奇跡は、起こりませんでした。
金魚たちに深い悲しみが訪れます。
――違う。私じゃない。
私はただ、水槽の世界が羨ましかっただけです。辛い現実もあることを分からせてやろうとか、失意のどんぞこに突き落としてやりたいとか、私はちっとも、思ってなんかいない。
急変する事態に、私は心の中で弁解を繰り返します。お姫様に、金魚たちに、店内にいる大勢のお客に、小さな私に。
小さな私に、慌てて話しかけようとしました。しかし今度は、少し遠くから懐かしい罵声が聞こえてきたので、思わず口をつぐみました。
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