Prologue. 砂の記憶

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「おい! 勝手に走るな、つってんだろ!」  母が、カートを押しながら歩いてきました。母の姿を確認した途端、私の体は石を詰められたみたいに動けなくなってしまいました。小さな私もまた、水槽の前で両手の指と指を合わせて立ちすくんでいます。  やはり、先ほどの予感は的中してしまいました。 『やめて、怒らないであげて』  怒るなら、いつものように私にして。この子には怒らないで。と、これから起きることに怖気づきながらも、私は母を止めるために声を挙げます。けれども、私の言葉は皆、どうしてか水泡となって口の端から天井へ飛んでいくだけでした。どうやら、小さな私としか会話が成立しないらしいのです。  私の意思とは真逆に、怒りの矛先は小さな私へ向かいます。 「店なら怒らないととでも思ったのか? 舐めやがって。私がどれだけお前のことを考えてやっているのか、分かってないんだ」  母の姿をした怪物は、小さな私の側までやって来ると、力を込めてその華奢や腕を握りました。
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