第2章 手繰り寄せる記憶

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 外でペットボトルを分別していたら、スピーカーから停車を告げるメロディが流れてきた。やっと来たかと思って布蔵市の方角を見やると、赤茶けたレールに乗った朱色の車両がのろのろと現れる。頭には湯気が立ち上っており、熱中症で倒れてしまうんじゃないかという錯覚を覚えた。  鈍重な電車がへたり込むように停車すると、ボタン式の扉が開けられる。  怱々間口駅で降りる人と言えば、布蔵市から帰ってきた地元民か唯一の観光地である山の登山客くらいだ。しかし、今回はどちらでもない。  扉から颯爽と飛び降りたのは、裾がふわりと広いブラウスと黄色いスカート、昨日のポシェットとスニーカーを身につけたナナだった。昨日から引き続き彼女の私服を拝めている訳だけど、こうしてみると彼女は陰陽師という古風なイメージを感じさせない、現代的な服装をしている。色のついたシャツに長ズボンという、服に無頓着な僕にとっては、彼女はやっぱり眩しい。  改札と待合室と出入口は直線でつながっている。使用済み切符を捨て、改札を通る時点で彼女はこちらに気づいたようだ。 「おはよう、二宮くん」  向日葵みたいな元気さで、ナナに声をかけられる。数か月前を境に一旦距離を開けた自分としては、また"おはよう"と言ってもらえることがなんだかくすぐったくて。その不意打ちを流そうとして、午前十時前にその挨拶は合っているだろうかと下らないことを考えてしまう。
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