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いったいどうしたんだろう。なにがあったんだろう。俺はドアの向こうの凛を必死に感じようとしながら、おろおろするしかなかった。とにかくものすごい音だった。
「大丈夫だから、リビングにいろ」
ドア越しにも突き刺さる、声。殺気立っている。
自分がはがゆい。役に立てない。なにもできない。
ソファでクッションを抱いて、北斗が撮った凛の写真を見つめた。撮る側、撮られる側の気迫と才能のぶつかりあい。
うらやましい。うらやましい……。
もう俺は、ここにいる理由さえ失った。それでも、亡霊のように居座っている。
凛が、いろと言ったから。
クッションにあごを埋めて、凛が出てくるのを待った。仕事部屋からは、なにも聞こえてこない。もう一生出てこないんじゃないか。そうは思っても、動けない。踏みこんでいけない。
やっぱり恋人になんか、なり切れなかった。胸がきしんで、痛む。かなしい。
どのぐらい時間が経ったのか、やがてドアがひそかに開いた。
「凛!」
素早く凛の全身に目を走らせた。とりあえずケガはしてないみたいだ。
「……キーボード、壊しちまった」
凛はつぶやいて、ふらふらおぼつかない足どりで俺に近づいてくる。さんざん泣き明かした後のように、呆然としている。
俺の胸に倒れこんでくる凛。抱きとめると、凛は首にしっかり腕を回して動かなくなった。
「無理しないで。あせらないで、じっくり……」
凛は俺の言葉に、ゆっくりと顔をあげた。そうして俺を見て、本当にかなしそうに微笑む。弱々しく首を横に振る。
拒絶。静かに澄んでやさしいぶん、残酷な。
「……ちょっと、頭冷やしてくる」
凛は車のキーをつかみ、部屋を出て行こうとする。
「ごめん」
出て行く直前のつぶやき。いつまでも部屋の中を漂うような。
凛が開けっ放しにしていった、玄関へと続くドア。打ちのめされて、眺めた。凛はなにを謝ったんだろう。分からない。
だけど俺は、うれしかった。凛が俺に触れてくれたことが。まだ必要とされているような気がして。やっぱりまだ、凛が好きだから。
すっかり日が暮れても、凛は帰ってこなかった。
取り残されて、俺は明かりもつけずにいた。街の明かりも届かない部屋。闇に浮かぶのは、いつでも使ってくれとそっと主張してる、AV機器やテレビの頼りない発光。
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