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俺は罰なのかも知れない、と思うようになった。ファンだということを隠していたことへの、ゆるやかな拷問。じわじわと殺されていく。でも同時に凛はきっと、自分の首も締めている。
もう限界だ。たとえ凛にいろと言われようと、出ていこうと決めた。このままでは俺達は粉々に砕けて自滅してしまう。
ひそかに、出ていく準備をした。凛に買ってもらった指輪をはずし、服は自分で買った安物のシャツとジーンズに着替えた。
あとは、出ていくよ、という言葉さえちゃんと言えればいい。
俺は、これまでノックしたことのない仕事部屋のドアをノックした。
「凛? 凛、ちょっといいかな」
声が少し震えてしまった。ただ漠然と怖かった。
無視されたかと思った頃、入れよ、とひどくかすれた声が言った。
ドアを開けた。立ちつくした。いや、立ちすくんでしまった。
部屋に大の字になって転がっている凛。色とりどりの便せんに埋もれている。死を飾る花に見えて、背筋が冷えた。
段ボール箱には、色とりどりの封筒の残骸。凛はすべて読んだのだろう。疲れ果てて目の周りはどす黒く、落ちくぼんでいる。
凛は俺を見上げた。笑った。心からほっとした、晴れやかささえ感じさせる表情で。
「俺、出ていくよ」
凛がなにか言う前に、言ってしまわなければと思った。途端に目の前の笑顔が固まり、凛が立ち上がる。俺は思わず一歩あとずさった。
抱きしめられた。強く。身体がきしむ。腕で凛を押し返そうとしても、動けない。
見てもふれてももらえないのに、これ以上ここにいるのに耐えられない。そう言いたかったのに。
凛は抱きしめる腕の強さにそぐわない、ひどくやさしい柔らかなキスを俺の唇に落とした。
「つきあって欲しい場所があるんだ。今から行こう」
凛はまっすぐに俺を見て言った。たじろぐ。あまりの視線の毅然とした強さに。
凛は真剣だ。勝手だ。壊れてしまっているから。
かなしい。もう涙も出ないけれど。
「……聞こえなかった……?」
たった一言言うのが、苦しくて仕方なかった。凛が、キスしてくれた。それだけで。
「北斗が遺したものを、見に行こうと思うんだ。お前と」
思わず目を見開いた。凛は続ける。
「やっとお前をちゃんと、抱きしめられる自信がついた」
俺は、動けなくなった。どういうことなのか、とっさによく分からなかった。
「……遅すぎたか?」
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