ラブソングを歌え

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 満足そうにうなずいて、凛は俺の顔の横に手をついた。香水がかすかに香る。俺はますます、動けなくなる。 「仕事抜けられない? 二人きりになれるとこに行きたいんだけど」  胸が痛い。息ができない。心臓が壊れそうだ。きっともう、一生のうちでこんなにも胸が高鳴ることはないだろう。  凛に誘われてる。夢じゃない、俺は今確かに凛に誘われてる。でも、なんで俺なんかに、凛が……。 「唐突すぎた? それとも、そんな趣味なんかない?」  答えられずにいる俺に、いかにも残念そうに、ため息混じりに苦笑する凛。  がっかりさせたくない。ずっと好きだった。とてつもなく遠い存在で、個人的に話すことなんて、夢のまた夢だと思っていた。  それなのに今、一番思いがけない形で俺は凛に近づけた。夢よりもずっと意外な誘い。  俺は凛の顔を見れないまま、なんとか言った。 「いいよ、連れてって」  そう答えた途端、凛の腕が俺の背中に回され、店の外へと歩き出す。 「ちょっと借りるよ。クビにしないでやって」  出口の近くに、オーナーがいた。凛はオーナーの前を早口にそう言って通りすぎ、外へ出る。  凛の腕に優しく抱き寄せられ、頭が凛の肩に埋まる。緊張のあまり身体がこわばって、足元がおぼつかない。 「そんなに硬くなるなよ。まさか、初めてなの?」  クラブのすぐ裏にあるパーキングへと向かいながら、凛がささやく。  いかにも遊び慣れた口調に、俺はほんの少し失望した。同時に、ほっとした。凛が俺なんかに、本気で一目惚れするはずがない。  金がなくて、ただでさえはねるくせ毛は伸ばしっぱなし。背は百六十センチちょうどで低いし、それに目じりが下がり気味で鼻は小さくて、かっこいいとはとても言えない。  間違いなく、遊びだ。気まぐれだ。ひっかけやすいだろうと思われたのかも知れない。でも俺はそれで、全然構わなかった。  凛の車がどこにあるのか、俺には一目で分かった。凛の愛車は、ブラックサファイアのBMW。そう知って、車の雑誌を立ち読みして調べた。  その車の後部座席に、凛は俺を乗せた。凛も乗りこんできて、ドアを閉める。  限られた狭い空間に、鼓動が響き渡りそうな気さえした。自分がたてた衣擦れの音にさえ、びくついてしまう。  抱き寄せられる。ゆっくりと、ひそかに。俺のぬくもりを肌で吸い取ろうとしているかのように。
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