溟海論

2/8
前へ
/8ページ
次へ
目がさめるとそこには海が広がっていた。 青、青、青。見渡す限り青だ。ああこれは夢なのだとまたベットに潜ろうとするも、驚きのあまりばくばくと鳴り響く心臓のせいで上手くいかなかった。そろそろとまた起き上がってみる。目の前に広がっていたのはやはり海だった。それも大海原だ。見渡す限り海が広がっていた。街はどこにも見当たらない。よもや底に沈んだのかとそおっと海を覗いてみるも、深い青は見られるのを拒むように視界を阻み横たわっている。昨夜はアパートメントの一室にいたはずだが、部屋などどこにもない。ここにあるのはぷかぷかと浮かぶベットとパジャマ姿の自分のみだ。 なぜこんなことに、と私は頭を抱えた。つうん、と鼻に染みる潮の香りにひどい絶望感が襲う。 ああ、なんてことだ。 これでは会社に行けないではないか!! 上司には何と説明したら良いのだろうか。朝起きたら部屋が消滅していて着替えすらできませんでした? だめだ、なぜベットに着替えを前もって置いていなかったのだと怒られる。洗面所もないから顔も洗えなくて……だめだ、海水で洗えと詰られる。いやいや、大元としてそもそも街すら消えていたんです? だめだ、街が消えたくらいで仕事を休んでいいのかとどやされる。海などに怯まず、泳いで通勤しろと言われるに決まっている。 ああ、どうしようどうしよう。そもそも今は何時なんだ。私は今遅刻しているのかしていないのかすらわからない。しかし、どうにかして会社に行かないと……。それが社会人としての誠意だ。 とりあえずと、私は海に手を伸ばして顔を洗った。海水はべたべたするし、目も痛くなるし、しょっぱいしで最悪だったが、背に腹は変えられない。顔を洗わずに出社など色んな人に不快感を与えてしまう。形だけでも顔を洗ったという事実は大事だ。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加