溟海論

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「ね、あんた何してんの?」 いつのまにか、天蓋付きのベットがぷかぷかとこちらに向かってきていた。そこに寝転んだウェーブがかった黒髪の少女が、こちらを見つめてきている。 「困っているんだよ」 「困る? 一体何を困ることがあるっていうわけ? こーーんなに、開放的な世界になったっていうのに!」 「開放的だって?」 「そうよ! だってもう学校に行かなくていいのよ! 学校に行けってうるさいパパやママの邪魔だってない! 最高よ! いっつも勝手に目覚まし時計をセットされてたあたしの気持ちがわかる? あーんなうるさい音に起こされるこっちの身にもなりなさいっての!」 少女は興奮気味にまくし立てた。よくよく見ると、ベッドの端っこに目覚まし時計が転がっている。 「君、時計を持っているんだね。もし良かったら譲ってくれないかい?」 「時計? いいわよ、私もこいつにはうんざりしてたからせいせいするわ」 少女は目覚まし時計を私のベッドに放り投げた。慌ててキャッチすると、ふん、と少女が鼻で笑う。 「時間なんて自分で決めたらいいのよ。私、7が好きだから今は7時ってことにしておくわ。1時間後も、2時間後も、10時間後もずーっと7時! 最高だと思わない?」 僕は少女から貰った電波式のデジタル時計を確認して、ほっと溜息をついた。まだ7時30分だ。 「君の考えには賛同しかねるけど、感謝するよ」 「あなた、時間に囚われたままなのね。かわいそう。けど、好きにしたらいいわ。じゃあまた、いつかの7時に会えたらいいわね」 少女はゆったりと微笑んだ。不思議なことに、ベッドは少女が寝転んだままでもぷかぷかと向こうに行ってしまった。あれだけ豪華なベッドだと、自動で動く仕組みにでもなっているのだろうか。私のベッドは残念ながら平々凡々のベッドである。だからか、私が動かさないと波に流される他移動手段がないようだ。そこらに浮かんでいた木の棒を取ると、私は最初に会った男がしていたようにベッドを漕ぎ出した。
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