夜に堕ちる

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「唯花もこっち来なって。そろそろ見えなくなるから」  誘われた瞬間、待ってと口に出しそうになって、瀬奈が景色のことを指しているのだと気がついた。顔を上げると、鉄が冷めるように、細い夕日を浴びていた雲が黒く染まりつつあった。  街を見下ろすことができる、ぼろぼろの展望台。遠目には何の特色もない、窓の少ない白壁の直方体だったが、その白壁も塗装の剥げた面との割合がぎりぎり勝っているだけで、お世辞にも美しい構造物とは言えない。  際立って高いわけでもないが、屋上まで登ってみると四階はゆうに超えている。気味が悪いくらい鳴いていた虫の声も、時おり山へ吹き抜ける冷たい風にかき消されていた。 今夜、わたしたちはここから飛び降りる。 瀬奈の隣に並んで、わたしは二度と見ることのない街並みを暗くなるまで見つめ続けた。
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