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「わしは会長や!」鳥羽の素性証
一同、その場が凍りつくがそれを取り繕おうとして亜希子が何か云おうとするのにそれより早く「いかに‘ご老人’、なお御返歌あるべしや」と梅子がやってしまう。「すみません。失礼なことばかり申し上げて…」亜希子がとりなそうとするが「いや、なんも。ハハハ…」としかし鳥羽は鷹揚に笑ってみせた。だがさすがにその顔はひきつっていて、いくばくもなく「何や知らん、若いことがえろう自慢なようじゃが、ほな、儂(わし)の歌ではないが万葉集から一歌引きまひょか?こないはどうや」とややまなじりを決しながら「‘白髪して子らも生きなばかくのごと若けむ子らにのらへかねめや’。あんたらもいつかは年取るんやろ。そん時にこないして、若い人らから云われまくったらどない思う?そりゃああんたら、少しは時間的空間的に立場を変えて、相手の身にもなって考えることをせにゃ…」などと云ってしまい、さらにそれで終らず「そりゃま、確かに今は爺かも知れんが、しかしこれでも人からは一目も二目も置かれてますよ。出版会社に勤めとったというのは社長としてや。院政出版、知りまへんか?あんたらみたいな歌道を志す人たちならおそらく御存知やろ。和歌の公募も一年に二回ほどさせてもろうてますよ。儂の会社や。いまは息子にまかせとる。ついでに云えば新歌人協会の会長の方も勤めさせてもろうてます」と一気呵成にまくしたてる。穏健の仮面の下に隠していた経営者ならではの覇気と、敢て云えば毒気までさらしてしまった観がある。とどめに「ま、若さ‘だけ’はおまへんがな。ハハハ…」と高笑いをしてみせた。それを聞きながらかたやの梅子がさきほどの恵美に負けぬくらい顔を紅潮させている。それにはわけがあった。実は常日頃から梅子はこの新興の新歌人協会に痛く心酔していて、その旨を亜希子始めみんなの前で広言してはばからなかったのだ。のみならず自分たち白河女子大歌道部が本来属すべき旧来の歌人協会に対しては「師弟関係などという馬鹿げた歌塾の旧弊に、その人脈に、また身分や学歴、もっとひどければ喜捨の額の多少に偏重した歌人協会なんて、心底軽蔑するわ。そんなものはすべて、和歌の本来的な発展を阻害する要因以外のなにものでもない。単に和歌のみならず、日本社会を根本から阻害、逼迫させている日本人の悪しき習慣よ」と云ってのけ、返す刀でまさか会長が眼前の鳥羽とも知らず
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