1人が本棚に入れています
本棚に追加
僧の説法
と云いかけたところで恵美が「なげえ」とたまらず茶々を入れた。端こそ別人然とした豹変に気を飲まれて静聴していたが、話ぶりと雰囲気が次第に祭りの口上士じみて来るにつれて、むくむくと再びの猜疑心と持ち前の反骨心が湧いて来たのだった。場や雰囲気を壊してみせるなどなんでもない娘である。いっちょうこの男を…などとぶっそうな気配が見え隠れし始めた。「えへん」とばかり大きく咳払いをしてその恵美を制しつつ男もなかなか負けてはいない(このことに本人が感心している…)。「次には、その、観音ですが…(亜希子に)あなたのような美しい方は世の殿方にとってはそのまま慈悲なのです。観音なのです。(恵美をちらっと見ては)ブスは災難ですが…いやこれは余計ですが、とにかく、慈悲と救済を求めて衆生が観音に寄るように、あなたを求めて殿方が寄って来る。蓋し、観音の慈悲は広大無辺だがあなたの身と心はひとつだけ。すべての殿方に捧げるわけには行かない。さあ、そこでです。さて、お立合い…」「ほう、だいぶ調子出て来ましたな」恵美に負けず鳥羽も男の(いやこれ以降は僧と云うべきか、裏に隠れた僧を‘空の僧’とでもしておこう)容子をはかりながら徐々に反撃の機会をうかがい出した。年甲斐もなく亜希子をめぐって僧と争うような心持ちになっているのだが、それでいて鳥羽本人はこれを認めたがらないでいる。‘こんな男’相手に沽券にかかわるし、いまさらの年不相応な色恋沙汰も同じく沽券にかかわるからだが、それでいながら亜希子への思いが増すのも否定できないでいた。経営者のと云うべきか、宿世のと云うべきか、覇を(この場合は亜希子を)争う業がむらむらと湧き起こっていたのである。
それを知ってか知らずか僧は「話がひどく変わるようだがここで彼の越南国、いまで云うベトナムにおける寓話をひとつご披露したい。彼の国においては人里離れた森の中、泉のほとり、そこに坐します神仏の祠の前で、妙齢なる御婦人方が、一糸まとわぬストリップ姿となり、沐浴をすると云う…」「いやだ」匡子と慶子が声をそろえて失笑し「すごいですう」と郁子が真面目顔で云う。「いやいや、あなたがたが神仏にお供え物をして供養をするように、ベトナムでは御婦人方がその美しい裸身を見せることによって神仏を供養するのです。これ、事実です。蓋し、神仏にとっては目の保養ですな」
最初のコメントを投稿しよう!